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♭(フラット)   
歪愛  
「フラット」  
疑心暗鬼  
あくまでもシャープ  
The Blue Synapse  






















♭(フラット)

yoyo
 

話すこと
#(シャープ)な会話は成り立たず
激震の怒号と悲鳴が鳴り響く

奏でることは容易でも
楽団はひとつの音にはまとまらず

明日、明後日、この先も
太陽と光と水の共鳴で
生きるのさえも痛まれる







開演までの日々の中
指揮者はコンタクトをふりつづけ

アンコールとなるまでに
どれだけの音をつむげるか




















歪愛

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九鬼ゑ女
 

プリズムの光が季節を誘い込む
どこまでもフラットなキミの愛
ぎこちなく傾き始めた…ボクの愛

眩しいよぉ 眩しいよぉ

飛沫と共にどこからか欠片が落ちてくる
その一片が心にぐさりと突き刺さる
たちまち砕け散る…ボクの愛

壊れちゃえ 壊れちゃえ

鳴き声は吐瀉物になって辺りを灰色に濁す
破裂しそうな暴言が喉元であえぎ始めて
だんだん狂気を帯びていく…ボクの愛

堕ちてしまぅ 堕ちてしまぅ


爽やかなはずの風さえも
どうしてか今は耳障りで五月蠅

風見鶏は朝から夜までくるくる回りっぱなし
ボクとキミの行く道はいまだ定まらず

点滅を繰り返しながら漆黒が
果て無きをなすりつけてくる 

思い切って虚空を舞ってはみるが
どこを探しても止まり木さえなく

光はとっくに吸収されて
待つのは湿り気を帯びた混沌ばかり




















「フラット」

みまにや
 



線が1本
ぴいんと張った線
そういうものが
ただ1本 
私の目の前にある



それを見ている
ただ 
じいじいじいじいと暗がりから
凝視していると
焦点がずれてゆく
そうすると
線は1本の線ではなく
無数の線として広がってゆくのだ



その様はまるで
蜘蛛の巣のようでもあり
宇宙のようでもあり



眼をそらす
眼の奥の感覚が緩む
とりもどす、何かを
永遠に、瞬間的に



眼を閉じて
呼吸のリズムをとりもどす

空は暮れかかっていた 



コップ1杯の水が飲みたい




















疑心暗鬼

宮前のん
 

今夜は遅くなるよ
と、あなたが言ったので
平坦だった額の真ん中で
ポコッと小山が膨らみました
それからは携帯を持ち歩くので
いつでもロックがかかっているので
またちょっとだけ膨らみました
休日出勤が多くなったので
出張回数が多くなったので
今日また少しだけ膨らみました
家庭に関心がなくなったので
カードの支払いが増えたので
もっともっと膨らみました

夕べ風呂場で鏡を見たら
一本角の鬼になっていました




















あくまでもシャープ

佐々宝砂
 

わたしがシャープと言えば
きみはフラットと言う

いつだってそういうことになっている。

わたしはあがり調子の躁状態で
うきうきとよく冷えたビールをあおる
きみはどん底に停滞して
苦虫かみつぶして生温い珈琲をすする
ああ今日もおてんとさんは腐敗する大地をあたたかく肥やし
そんなこととは無関係に洞窟のバクテリアは硫酸を生産し
広がりゆく宇宙はまだまだきらびやかに幸福な不均一
この驚くべきシアワセを満喫するわたしは
わざとらしく口の端をつりあげて
隠し味にフラットを入れた
Cメジャーセブンスのコードを響かせる
きみは不機嫌きわまりない顔で
あかるい窓辺に這う蝿を憎々しげに見つめ
きみをわずか慰める旋律に
そうたとえばシとミとラとレとソにフラットのついた
変ロ短調の重々しくも陰鬱な旋律に
耳を傾けていて
わたしのささやかなフラットになどまるで気付かない
そうそんなことには気付かぬがよいのだ
わたしはかろやかにステップを踏み
ほんの出来心できみの足を踏もうとして
やっとのことで思いとどまる

踏んづけたりしたらどんなことになるか
平手打ちを喰らわしたらどういうことになるか
ましてグーで殴りつけたらどんな恐ろしいことが起きるか

もちろんそんなことやるべきじゃない。

なぜなら宇宙はできるだけ長いこと
不均等を保つべきであるから
それが人類のために最もよいことであるから

そうほんのすこしの反転もやるべきじゃない。

この世がもしも平均律なら
半音下げたフラットと半音上げたシャープは
同じ音を響かせているのではないか と
そうつまりきみとわたしは実は同じ種類のイキモノなのではないか と
わたしは思いこいねがう
きみが決して知ることのない衷心から
わたしは決して、
いや。
わたしはいつもあからさまに心を告げる。

わたしときみは見事なまでに濁り澱み唸り決して和せず
わたしはあくまでもシャープな態度で
シャープを盛大に六つもぶらさげた嬰ヘ長調を高らかに歌い上げる
そうつまりは煮え切らないきみに向かって
断固とした口調できっぱりはっきりと
複雑怪奇なこの混沌を
さらけ出し
預け渡し

だってわたしはきみを愛している。

わたしがシャープと言えば
きみはフラットと言う




















The Blue Synapse

伊藤透雪
 

俺の地平はうねっている
どこまでも起伏のない地平ながらも
無軌道にうねっている
どこまでも透明に限り無く近い青の
地平

立ち止まって下を見ると
どこまで墜ちるかわからない暗闇
薄く青みがかった透明な地平は危うい薄氷だ
恐怖感など湧かない
ただ平らな地平に立ち尽くす

遠くは霞んでいる
不安も苦しみも悲しみも
怒りも
喜びさえどこかに忘れてきた
俺の感情は知覚されない

手のひらには
枯れて縮れた薔薇の花びら
純白だったものが今は
かさかさになって茶色くなって
艶も失っている
握りしめたら崩れてしまいそうだ

無軌道な地平をただゆくのか
後ろを振り向いても
あるのは歪んだ記憶だけだ

無感情という真っ平らな状態で
俺の地平はまだ青を求めている
ふと仰ぎ見ると雨が落ちてきそうな空模様
群青の刷毛跡が暗い

ちりちりと頭上から落ちてきた痛みは
右目を潰そうとする
痛みだけは感覚に上がってくるから
まだ生きている、と知覚する
俺は痛みに耐えながらもまだ青を求めている

地平の下から上がってくる虚しささえ
すぐに霧散する中でも
地平を俯瞰する翼を忘れたくないからだ

ゆく先の濃霧も足下の暗闇も無関心でいるなら
たとえ無軌道でも
たとえ平坦でも
俺の地平を見つめて歩けるだろう

くらくらとめまいがして
危なっかしい足取りで
背中を丸めながら
俺は一人で生きていく
歩くのは生きることだ
あまり止まりすぎると
地平の薄い層から落っこちてしまうだろう
落っこちてはいけないと
頭のどこかで知覚した





















2011.4.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂