「宿命のカタパルト vol.1」
貴方はその夜悲しげに言いました
「そして僕のことなんか君は忘れてしまう」
「そう思うのなら私のことを殺して」
「愛する男に殺されるなら本望よ」
首に細長い指が絡まるのを感じました
でも、待っていても
指には力は入りませんでした
あの日から私は魂を預けたままです
「宿命のカタパルト vol.2」
旅立ち前夜 永遠の愛の盟約として
互いに口移しでミルクを飲みました
貴方から私へそして再び私から貴方へ
唇をつたい注がれるたび薄まるどころか
濃さを増していくミルクの味が
未来を予言していました
そんな宿命の夜でした
すべてのはじまりの夜でした
「宿命のカタパルト vol.3」
そのとき不意に港に雨が降ってきました
私は初めて会う貴方を待たせていました
埠頭を見下ろすロビーの片隅
あなたはノートを広げていました
静かに珈琲を飲んでいました
貴方の顔さえ知らなかったのに
ずっと知っていた人のようでした
まるで愛し続けた人との再会のようでした
「宿命のカタパルト vol.4」
その夜月が海面を
金色に染めるのを見ていました
灯台は終夜にわたり
光の渦をまき散らし続けました
なぜそれを知っているかというと
私たちは睡らなかったからです
かたく抱き合い
朝まで静かに唇をかさね続けました
「宿命のカタパルト vol.5」
その日、海を見に行く約束でした
引き潮の時には歩いて渡れた
懐かしい思い出の島
幼い日に愛した小さな緑の島
けれども海岸線に立つと
島はそこには在りませんでした
海岸整備の際に粉砕されたのでした
二人それぞれの左胸に傷を残して
「宿命のカタパルト vol.6」
貴方の好きだった海の公園を訪ねました
緑は豊かに茂っていました
遠い場所で雲雀がさえずっていました
違っていたのは
周囲の海浜地帯は埋め立てられて
海岸線が2kmも沖に移動していたこと
砂に埋めたタイムカプセルのように
涙を棄てた貴方の姿この胸に刻みました
「宿命のカタパルト vol.7」
貴方は自分を憎んでいました
自分を棄てた過去の恋人も憎んでいました
棄てさせた自分の過失も憎んでいました
憎み続ける限り前に向かって歩けないから
癒しの包帯さえ足に絡まってがんじがらめ
<BR>
だから私を自分のそばに縛りつけました
自由に生きる私を憎みつつも愛したのです
互いに耽溺し合う器官の充足が魂の至福でした
「宿命のカタパルト vol.8」
貴方は何度も私を試そうとしました
もう会わないなどと残酷な言葉を吐いたり
別れようと言ったり 離さないと言ったり
今度は過去の恋人とやり直すと言い出したり
「ずっと愛し続けるつもりでいたけど いいわ
貴方の未来のためさようならしましょう」
すると唐突に貴方はその場で失神しました
抱きしめ続ける以外何ができたというのでしょう
「宿命のカタパルト vol.9」
貴方は結局、昔の恋人に会いに行きました
そこで何が話されたのでしょう
昔彼女と一緒に暮らした街で
新しい発見はありましたか
昔のように胸はときめきましたか
戻ってこなくてもよかったのに
私のことなんか忘れてくれてよかったのに
そしたら私も自由に未来へ歩き始められたのに
「宿命のカタパルト vol.10」
本当は知っていたの ここへ帰ってくること
貴方があの街に捜しに行ったのは
無くした矜持、一度棄てた夢、喪われた時間
でも 本当は最初から失ってなどいなかった
全部そばにあったのよ
あなたは自分の目を塞いでいただけ
彼女は、貴方などなくても輝いていたでしょう
自分で充足し生きる道を見つけていたでしょう
「宿命のカタパルト vol.11」
いいわ仕方ないわ抱きしめてあげる
存分に息が止まるくらいに
光射す朝の海を
水平線まで歩いていきましょう
遠い渚の潮だまりで海水に半分浸かって
めしいた肺魚のようにこの泥土の中で
ひっそり二人暮らしましょうか
それとも・・・
「宿命のカタパルト vol.12」
唇をかさね初めて1時間
身体の位置を変えてまた1時間
ひとつになって揺れ初めて1時間
私が抱え上げられながら揺れてもう1時間
少しふつうじゃないと思いながら
この耽溺から逃れられない
何もかも互いに忘れてしまうの
生きていくことを取り巻く法則さえ
「宿命のカタパルト vol.13」
睡っている貴方は
私の手を握りしめたまま
指をほどこうとしたらそのたびそれ以上に
強く強く握り返してくるので
私は寝返りも打てずにあなたの額眺めてる
ミルクのような吐息と
煙草の匂いの混じった体臭と
寝言で小さく私の名を囁いた 涙が滲んだ
「宿命のカタパルト vol.14」
貴方が私を閉じこめたの?
私が貴方を閉じこめたの?
白い密室で愛し合っているうちに
つゆが明け夏が来たと貴方が口にした瞬間
西岸都市の影法師は灼熱の彼方に氷解して
気恥ずかしいくらいに純白の朝が生まれた
蝉たちの束の間の夏はカタパルト
愛を精一杯にうたうために飛び立っていく
|
![](image51.gif)
![](an200210_2.jpg)
朋田菜花オリジナルの
詩物語「宿命のカタパルト」は
こちら
|