蘭の会6月詩集「出発」 (c)蘭の会 AllrightsReserved
0013 朋田菜花
http://www.asahi-net.or.jp/~sz4y-ogm/琥珀の中に棲むホタル
「彼女」が僕たちの国からいなくなってしまってから
僕たちには不思議なものが見え始めた
雑踏の中の孤島、陶酔の中の凍結、祝宴の中の終焉
歓喜の中の狂気、高揚の中の斜陽、森の中の檻、檻の中の銛
たくさんの事象の奥底に潜む見えない恐怖に
怯えながらも次第にならされていくことが
ほんとうはいちばん恐かった
だけど僕たちはまた、あることに次第に気づいた
見えない闇と同じくらいに
見えない光がこの世に在るということを
僕は昨日から
琥珀の中に棲んでいるホタルを見ることに夢中だし
「彼女」をいちばん愛していた「彼」は
青い目の飼い猫が「彼女」の向こうでの暮らしについて
最近時々話してくれるのだという
青い星月夜に海辺の街の窓に向かって
青い猫と琥珀を眺める
ホタルはそこにいる、「彼女」はそこにいる
僕たちはもう1人ではなくなったから
キャンドルの火を消して、霧笛の音を聴きながら眠ろう
0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm出発
そして 今日が来た
長い夜
お前の部屋から ドスン ドスンと
寝返りの音がするたび 心が凍った
眠りの中でさえ
恐怖に 押しつぶされているのかと
私がバクとなり お前の夢を飲み込んでやれば
そうすれば せめて寝ている間だけは
安らかでいられはしないか
荷造りを急がせた日
一度だけ 私に怒鳴った息子
その日以来 黙りこくったまま
食事も普通に食べた 私はおろおろと
栄養になるものを探し食べさせた
ごめんね
ごめんね
こんな時代に お前を生んでしまった
悔しくて 悲しくて
私はただ 詫びの言葉をつぶやき続ける
お前に母などいなければよかった
優しさなど 教えなければよかった
ぬくもりなど与えなければ
愛に迷い 遠い故郷を思い
狂気の血に苦しむ事もないだろうに
再会を祈る ただ祈る母達の涙は
空を覆い ひとすじの流れとなり
戦場に降る雨になる
0045 雪柳
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=yukiwatari風のように 思いのままに
新たな社会に船出する
あなたに いま伝える事
風になりなさい
まだいろいろな可能性を秘めているのだから
流れのままに生きてみなさい
そのうちゴールは見えてくるのだから
心のままに生きて行きなさい
恐れることなく 力の限り
辛い時には泣いても良いのです
理不尽な事には怒れば良いのです
他人を害する想いでなければ それに従いなさい
自分に正直に思いのままに生きて行きなさい
嘆き悲しむことも時にはあるでしょう
たとえそれがどんな結果になろうとも
自分を見失わないでください
他人を 世間を 恨まないでください
想いがちぎれるような痛みも時にはあるでしょう
たとえそれがどんなに辛くても
絶望に染まらないでください
他人を害する想いに囚われる事だけはしないでください
新たな人生の出発に贈る これが母の言葉です
最後に
どうしても手に余った時には 帰ってきなさい
あなたの帰る場所は 此処にあります
あなたを待ってる家族を 忘れないでください
0059 汐見ハル
http://www3.to.moonshine-worldアリスの水脈
おちるべきあながみつけられなくて
すかーとのすそをひざでふんづけて
いのりのしぐさではいずりまわって
くさをかきわけてかきわけてさがす
わたしをつれていってくれるせかい
たびのはじまり
いりぐち を
ねえおかあさんわたしのおむらいす
かきわけてかきわけてさがしました
ぎんのはりはまいにちいっぽんずつ
ふえていくんですまちがえちゃだめ
ほらこの あかい
にぶく にがく
ぬめる ゆびさき
そうして
わたしはわたしのなまえを
そこに
たどろうとしたのだけど
しろいうさぎはどこなのでしょうか
ねむりひめみたいにまてないのです
ぎんのはりのこらずのみこむまでは
わたしのむねがいたむことはないの
かさならないぐうぜん
かさならないこころ
かわいたはなびらに
かわいたくちびるがふれる
かぜがさらい、くずれて
わたしのほねもこころも
おなじうんめいをたどればいい
ねえおかあさんわたしのこまどりは
さいごまでさいごまでなかなかった
ぎんのはりをまいにちいっぽんずつ
やわらかいはねにかざりつづけたし
ねえおかあさんわたしもおむらいす
からだのまんなかにかかえています
びっしりつまったけちゃっぷごはん
くりかえされるちっそくのりゅうし
ていねいにていねいにぎんのはりを
ていねいにていねいにひろいあつめ
いきをつめていきをつめてうたわず
いきをつめていきをつめていのらず
このぎんいろのとがったひかりを
おかあさんあなたにはかえさない
かきわけてかきわけてかきわけて
わたしはさがしますさがすのです
つちにまみれあせにまみれるつめ
かきわけてかきわけてかきむしり
わたしはここにいて
ここに いつづけて
それでもこれは
たび だ
にがくにぶいあかがにじむくすんだゆびさきで
もうひとつのせかいでなくたってかまいません
つめたい すいみゃく を さぐりあてるまで
ながい ながい
つかのま
0071 阿岐 久
http://www1.ttcn.ne.jp/~akiakiaki/さあ 行こう
白い雲 散ったよ
青い空
映す 水たまり
ぱしゃりと 跳ねて
赤と緑と黄色のパラソル
飛ばした
さあ 行こう
0072 諦花
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/poem/kurara.htmリスタート
前に進んでいるつもりで
元の場所へ
戻っていたのでしょうか
いつの間にか
曲がりくねった迷路の中
前だけ見て歩いていた
私は素直で一生懸命な
人間だというふりをして
道は歪み
回り
歩き続けた終着は
出発地点
記念につけた赤い印が
掠れた顔で哂っています
それでも前を向くしかない
哀れな私
何度でもリスタート
いつか辿り着くはずの
理想郷を信じて
0104 はづき
http://www013.upp.so-net.ne.jp/dir_p/声
たとえば
真っ白な紙を
端から
できるだけ埋めてゆく
そんな行為が
わたしを
慰めている
のか
いい加減な
走り書きの文字
だけど
わたしが
いる
そこに
あたためられて
沸騰する声が
紙の上から
飛び立ってゆく
リボンなど
つけない
けれど
それと
わかる
かたちで
わたしの声に
立ち止まるひとよ
ゆるやかに
世界は
あなたのものになる
000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/停車場
(1)
高校生のとき、
まだJRが国鉄だった時代、
三十日間三十万円日本一周鉄道の旅を計画した。
青春18切符があれば、不可能事ではなかった、
東京を通過しないとどこにも行けない関東圏、
とりわけ千葉と埼玉あたりの時間割に苦労したが、
またどうしても沖縄と北海道だけは、
鉄道を使わないで行かねばならなかったが、
計画はできた。計画作りは楽しかった。
三十日間の休みはあった、
両親はそうした冒険を許すタイプだった、
だが三十万円の金がなかった、
だから出発しなかった。
計画のまま終わった三十日間三十万円日本一周鉄道の旅に、
いまもときおり出かけたくなる、
いまなら三十万円の金くらいなんとかなる、
しかしいま日本の鉄道は、
かつてのように日本全国を網羅してはいない。
それでも信じている、いや知っている、
いまも日本のどこかの廃駅で、
分厚い方の時刻表片手に、
どこかで見たような高校生が、
幻の電車の出発を待っている。
(2)
黒服ばかりだ。喪服なのだ。
でもここは葬式会場でも何回忌だかの席でもない。
高速バスの始発バス停。
東京発長崎行きの深夜長距離バスの。
喪服集団のなか一人ジーンズにTシャツで、
大きなリュックを背負って、
リュックにはコッヘルとテントをつけて、
いつもの迷彩色アーミーハットを被っているから、
ちょっと場違いな心持ちで、
ちょっと不安だ。
喪服集団は急いでいる。顔にそう書いてある。
みな一様に、当たり前だが明るくない。
飛行機よりも新幹線よりも、
高速バスこそが目的地に早く着くことがある、
だからこそ何かの不幸に急いでバスに乗る、
そんな人たちがいるのだ。
もっともこっちはちっとも急いでいない、
それがなんだかさみしくて、
急いでいるふりをしてみるがうまくいかない。
喪服の人が一人、
煙草を吸っていいですかと訊ねてくる、
どうぞ、私も吸いますから、と、
アーミーハットに手をかけ会釈し微笑して、
ほんのすこしだけ、
喪服集団に馴染んだ気分になって、
彼等と同じバスの出発を待っている。
(3)
もうすぐ貨物列車が到着する時間だ。
ここは煙草工場の工場内貨物駅。
貨物駅だって駅は駅で、
駅らしくプラットフォームもある、
なくっちゃ困る。
ちいさなころいちばん近い駅が貨物駅で、
貨物列車の車両をひとつふたつと数えた、
遠くからくる貨物車両には、
雪が積もっていたりした。
キハ、トラ、トム、そんな呪文のような略号の意味を、
当時の私は知らなかったし今も知らない。
ベルが鳴る。
列車が到着する。
荷物がおろされリフトで運ばれる。
今度はすでに準備してあった荷が積み込まれる。
ハングル文字で、
たぶん「健康のため吸い過ぎにご注意下さい」と
書かれてるのだと思うマイルドセブンのカートン、
パレットにいくつあるのだろう、
魔法のように車両に吸いこまれてゆく。
いま現場ラインは休み時間中だから、
のんきに煙草を吸いながらそれをみている。
貨物駅のプラットフォームで休憩するのが好きだ。
ベルが鳴る。
貨物列車が出発してゆく、
出発してゆく、
私をここに残したままで。
000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/私小説
あの頃は眠らないでもよかった。眠らないでもすむ魔法を知っていたから。でも私の身体も心も魔法に蝕まれ、もう、どうにもこうにもならなくなりはじめていた。でも、それはむしろ望んでいたのだと思う。
ライブがはねた後、いつものように楽屋には行かず例の店でやつを待っている。グルーピーはやってこない例の店。派手な化粧をしているひとたちを眺めているカウンター。いつもジンを飲んでいた。「なんで、あたし、こんなところにいるのかな。」いつも、そう思いながら、やつを待っていた。でも、ふと考えてみるとやつだって、こいつらだって、私の友達なのかしら。隣にハイスツールに座っている足の甲に薔薇のタトゥーがある女だって、その隣で妙な色のワンピースの女のお尻をなぜている男だって、顔見知りだし、しょっちゅうつるんでいるのだけれど、私の友達だったっけ。まぁ、そんなことどうでもいいか。今日もお酒を飲んで、適当に話をして、かったるくなったら、踊りに行って、そして、眠たくなってしまったら、あの魔法をかければいい。もう私は魔法がないと生きていられない。だって夜の街は魔法でなりたっているのだし、私はここで生きているのだし。
でも、たまに家に帰るとママは性懲りも無く説教をたれる。自分のことを棚にあげてさ。「まず足元を確かめなさい。」とか言うんだ。もう一ヶ月も家に帰っていないけど、でも、ふと足元が気になってしまう自分がいる。今だってそう。ほら、このあいだ買ったばかりなのにサンダルが汚れてきちゃった。踵がいつの間にか傷だらけだし、ジーンズの裾は擦り切れちゃった。そういえば、もう三日もシャワーを浴びていない。スキンヘッドがこっちを見ている。スキンヘッドは黒いサングラスをかけているので、正確にはこっちを見ているように感じる、だ。こんな暗い店の中なのに馬鹿みたい。間抜けだな。豚に真珠、真夜中にサングラスと、心の中で笑ってやる。いやだねぇ、勘違いスキンヘッドがこっちによってくる。私は「彼女」と声を掛けられるのが嫌だ。状態が悪いと時々切れてしまう。手がつけられないほど暴れてしまう。それでもいいのなら「彼女」と声を掛けてみろ。ガルル。(おねがいだから早く私に魔法を掛けて。)結局、スキンヘッドは私が暴れる前に、私の友達(かもしれない人達)に囲まれていた。お気の毒に。ご愁傷様。アーメン。アハハ。アタシ、アゲハチョウになった気分よ。
でもさ、あんなにママに口酸っぱく言われているのに、今夜も足元がフラフラね。目の前にはお花が咲き乱れちゃいそう。今日はダウナーなお酒じゃなかったみたい。ブラブラと西麻布から麻布十番まで歩こうか。月なんて見えないのに、月が綺麗だよーとか言いながら、さっきまで光の中でベースを弾いていたやつにしなだれかかって歩いている。こういう自分が嫌い。友達ってどこからどこまでなのかな、こういう関係になっちゃうと友達とはいえないだろとあんたは言うけれど、私はあんたのこと友達としか思っていないよ。もしかしたら、そういうのだって怪しいぐらい。でも、気持ちいいことしてくれるし、あんたといると魔法が使えるから、ただ、それだけよ。それなのに「愛してる。」とか「あたしを捨てないでね。」とか、そんなあほらしいことばっかり言って「今、ここでしようよ。」って誘ったり、でも、あんたはいつも、あれをやってからしようよって言うんだよね。でも、あれをやると、だいたい使い物にならなくなっちゃうって知っているから、そういうこと言うのよ。私は負け犬ガルルと咆える。ガルル、ガルル、私は虎ではありません。
夜が明けていくね。白む空に向かってその古いビルの外階段を上る。足音と心臓の鼓動がこだまして明るくなってきた空がまるで底なし沼のような気がしてきました。上じゃなくて下へ、明け方の空じゃなくてぬかるみに下っていくような外階段を上っていく。奇妙なビル。もしかしたらそれは私自身。「あんたとあたしはシャム双生児みたい」いつでもくっついて、あんたといたらだめになる。でも、どこをどうやって切り離せばいいのかわかんないよ。灰色のドアーの前に立つ。あんたがなんか言ってる。でも、聞こえない、聞きたくない。ダウナー。こういうのって突然やってくるもんなの。ごめんね。ごめんね。ぬかるみの口がぱっくりと開く。あんたの背中が吸い込まれる。私も吸い込まれる。だって、「あたしたち」はシャム双生児だし、さ。ねぇ、この部屋、なんか嫌な匂いがする。死臭かな。それに霞がかっているみたい。もしかしたら生気を吸い取る部屋なのかもしれないと思った。いたるところに男の抜け殻と女の抜け殻がころがっている。ガルルと咆えても誰も反応しない。ガルル、ガルル、おまえら生きてんのか。ガルル。おまえら怖いよ。怖すぎるよ。鏡よ、鏡よ、鏡さん。私はまだ大丈夫でしょうか。
外階段を明け方の空に向かって駆け下りる。シャム双生児の背中を引っ剥がして逃げる。どのくらい走っただろうか。気がつくと見覚えのある街だった。人ではなくカラスが争っていた。食べ飽きた何匹かのカラスが電線の上からギャーギャーと私を威嚇する。ガルル、ガルル、ガルルルル・・・。私はもう咆えることができなかった。カラス、カラス、何故鳴くの。私が泣いているから。だってここには山が無いもの。商店街を左に曲がって、少し坂を上って狸穴の方面に歩き出す。カラスの鳴声が遠ざかり、太陽が昇る。可愛らしい小鳥の鳴声も聞こえる。朝だよ、朝だよ。ルリリリリ。ジリジリと容赦ない夏の朝の日差し。確かに夜が終わったのだ。ひたすら歩く。見覚えのある街の見知らぬ時間を歩いて、六本木駅にたどり着く。おはよう。おはようございます。私はまた階段を下りる。おはよう。おはようございます。この階段はきっと日常に繋がっているに違いない。それでも、私は勇気を持って階段を下りていく。始発電車に乗るために。
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