(c)蘭の会 2004年8月詩集 自由課題
暗澹 -- depression -- 開けっ放しのドア sick-house, workaholics 墓参り情景 忘れてたまち わたしが花を手折る理由 おもいで 白 同級生 欲しいものがあるなら 言葉にならない ピーポー 草むしり トリプトファンレス・トリプル センチメンタルジャーニー 窓のある部屋 |
0001 はやかわあやね
http://homepage2.nifty.com/sub_express/暗澹 -- depression --
いつものように彼と寝ていた。いつものように愛し合い、いつものように暗たんとした気分で、朝を迎えるのも億劫だった。
それでも朝は来てしまう。いつもの時間に目覚まし時計がなり、いつものように歯を磨く。彼とは何も口をきかないまま職場へ向かい、いつものように一日が始まる。何ひとつ変わったことはない。この世の中に変わっていくものなど何ひとつ存在してはいない、ただ私自身を除いては。
私の彼への愛情は何ひとつ変わらないままに年老いていくはずだった。しかし私にはもうこの倦怠とうらぶれた通りの影に隠れ潜む湿った慟哭に付き合うことなど出来はしない。何ひとつ自分のものにはならない風景の中に、仮に暗たんとした気分に包まれていたとしても、彼との生活の中では決して見出すことの出来ないものを見つけてしまった。
それを愛と呼ぶのか、それとも罪と呼ぶのか、私にはよくわからない。今手にしているすべてのものを捨て去って、その中から何が生れてくるのかさえも見えていない。けれども、何もない慟哭に明け暮れて、愚痴をこぼすしか能のないような生活には縁を切ることにした。人はそんな私を愚か者と呼ぶ。何とでも呼びたいように呼べば良い。口嵩のない赤の他人に何を言われようと痛くも痒くもないではないか。しかし惰性の日常を続けていくには痛みを伴う。どうしようもなく心の中が落ちぶれて、何ひとつすがるもののない激しい痛みの中で自分の人生を歩んでいくことに比べれば、人の噂話なんぞ意に介する必要もない程些細なことである。
職場には、松子という女がいた。彼女は罪のない女であるが、その罪のなさ故に大きな罪を背負っているのだった。それがどういうことなのか、まだ生きていくということの是非に何も気づいていない彼女にはわかろうはずもないが、その罪のない女が、ガチョウのような声で私のことを呼ぶ度に激しい嫌悪感に見舞われ、私は激しく身もだえした。その嫌悪感は、実のところ、私の罪から生れてくるのである。それが頭の中では理解出来ているのだが、それでもどうしても私には松子の声が我慢出来なかった。何も考えず、何ひとつうろたえることのない世界に生息している彼女には、私の慟哭などわかろうはずもない。しかしその理解し得ることのない事実のために、私は松子との間にひどく大きな距離をおかなくてはならないのだった。
松子は下品な女であった。馬のいななくような声で笑い、その媚びをうる視線が許せなかった。けたたましくなり響くあまったれた声も、その目線も、所謂「ツクリモノ」以外の何ものでもなく、彼女自身の存在をどこにも感じることは出来なかった。しかし彼女の笑い声の中にも、どこはかとなく湿ったものを感じる私は、悪意と憎悪の中でもがきくるしむ蝶のように、ばたばたと青い鱗粉をまき散らしては持って行き場のない怒りに、自らの細胞を焼き尽くそうとしていた。
「松子さん」私は出来るだけ冷静な声で彼女を呼ぶ。嫌悪感に満ちあふれる心情はひたすら隠し通さなければならない。「松子さん」しかし彼女の声は聞こえない。それはそうであろう。松子さんは云わば、私の中でつくられた偽りの存在なのである。自分自身を投影し、自分の中で迫り来る影に我が身を焼き尽くすために、私自身が作り上げた偶像が「松子さん」以外に他ならない。
「松子さん」は今日も職場にはいない。何処にも存在してはいないのだが、それでも松子さんは毎朝8:15きっかりに、白い車を走らせてやってくる。タイムカードを押す音がゆっくりと事務所に響きわたるころ、私は能面のような顔で、彼との生活にいつ終止符を打とうかと、そのことばかり考えては、ひとり内面でほくそ笑んでいるのである。
0023 ナツノ
http://www5.plala.or.jp/natuno/brunette/brunette_top.htm開けっ放しのドア
7月の小雀が
青い空ばかり見つめて はばたきを繰り返す
今日
彼女は 靴を乱暴にはいて 飛び出して行った
開けっ放しのドア 誰が閉めるというのか
あの日
ドアをバタンと開け放し 出て行った私は
目をらんらん輝やかせ 鼻息荒く
駅までの坂道を 大股で歩いていった
彼女は 今頃 どこまで行ったろうか
言い足りない 伝え足りない
手渡せなかった いくつもの言葉
私はもどかしくて 部屋をぐるぐる歩き回る
窓から首を伸ばして
あとかたもなく 歩き去った表通りに
姿を探す
学校に 遅刻はしないだろうか
短髪の彼女のその横に 髪を長く二つに編んだ
あの日の私が並んで歩いている
いや ちがう
彼女は一人で歩いている
風に吹かれ 川を渡り 私の来た道とは 違う道を
私の行く道とは 違う道を
「ふりむかなくていいよ」 だけど
「あなた自身を よく見つめてちょうだいね」
母として 心でくりかえす私
その言葉に重なるのは
あの日 飛び出した私を 見送った人の声
小雀が飛び去ったあとに
あの人も 悲しそうな目で
開けっ放しのドアを閉めたのだろうか
ふりむかず歩いていった私には わからない
0057 鞠亞 怪音
http://www5e.biglobe.ne.jp/~kouka/忘れてたまち
夏の空、消えた雷、雨が止んで
見上げた空とても青くて
鳴き始めた蝉に懐かしくて涙が出た
同じ景色
同じ匂い、
いつも感じているのに
忘れないで、
手を振った。
言葉に嘘はないのに
不自然な別れは忘れられない
忘れてほしい。
見送る目は嘘をつけない
私は何か言いたかったのに、
うまく言葉はでてこなくて
いつまでも俯いたまま
さようなら
いつか会うことがあったなら
こんどは笑えるように
0059 汐見ハル
http://www3.to/moonshine-worldわたしが花を手折る理由
花を 手折るのが
わたしであるうちは
わたしは花ではなく
手折られることもない
ナイフを構えるのが
わたしであるうちは
わたしは傷とはならず
守られていくはずだ
無数のあなたを
手折りつづけ
ふみにじり
いためつけては
あなたを
あなたを
そう する
笑いさえ する
じつは
わたしが
やわらかい花なので
と いう理由を
のみこんだまま
差し出された花束に
うっとりと頬をうずめて
贖罪のようだ
ひとかけの氷を
水に浮かべる様を想う
0072 諦花
http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/poem/kurara.htmおもいで
昔
死を知らなかった 私は
生まれたまま 幸福でした
まだ アリを踏み潰したこともなかった
まだ 線香の煙を嗅いだこともなかった
うちには 太った雌猫がいて
仔猫を たくさん生みました
ぶちやトラたちに 囲まれて
生まれて 私は幸福でした
そうして
夏が 終わったのです
鳴いていた セミが落ちたのです
仔猫が一匹 死にました
お庭の隅に 埋めました
私は無情な ゴム底で
セミを踏みつけて 行きました
アリを踏みつけて 泣きました
初めてやわらかな 土を掘り
冷たい 仔猫を埋めました
あれからです
思い出に なっていった
全部 思い出になっていった
生まれた私は生きる私になり
死んでしまう 私になった
夏が
終わって
私は今や
葬場のアルバイターで
髪についた 線香の匂いと
職場の人間関係に 毎日気を苛立たせ
生きていく のに必死で
時々 目の前が見えなくなって
急に 思い立ったのです
あの仔猫を
掘りかえしに行こう
明日、それが無理なら 明後日に
それでも 無理なら……
0096 土屋 怜
http://choice.gaiax.com/home/trei5960同級生
何で アイツのことなんか
思い出すんだろう
頭はいいけど 運動もできたけど
クラスを先導して
イジメにはしったアイツ
「お前を見てるとムカつくんだ
この点取り虫
センコーの手先!」
ボクは ひるんだ
友は 家出し 転校した
無力だった ボク
鼻先で笑った アイツ
そうだ アイツに聞きたかったんだ
アノ時代のこと 覚えているか
アイツがさ 今は
先生だって知ったからさ・・
0097 陶坂藍
http://www.keoyon-44.fha.jp/欲しいものがあるなら
ある夏の午後
子供が二人
しあわせそうに
アイスキャンディーを食べていた
食べ終わった彼らはおもむろに
アイスの棒を差し出して
「あたり」と書いてと
にじり寄る
意味がわからずとりあえず
エンピツでそれぞれ
それらしく
あたりと書いてやったところ
冷蔵庫へと一目散
まんまと2本目
手中に収めた
「あたりだからいいんだもん」
一日一本の約束を
見事彼らはブッちぎり
自力で
望みをぶん取った
(笑うしかない)
こうでなくちゃ
欲しいものがあるなら
0099 叶
http://www.geocities.jp/sirotanhouse/page049.html言葉にならない
いつの日も君を想う
君への気持ち
言葉にならない
形のないものをすくいあげて
花束にして贈りたい
置き忘れてきた石ころを
磨きあげて君に見せたい
ひとつぶの
こころが溢れて雨になる
時と海まで泳いでいけば
思い出色の空が微笑む
世界に君が満ちていく
形のない僕の気持ちを
通る道に咲かせたい
僕に残した君の欠片を
太陽にして微笑んでいたい
時を越えて君を想う
君への気持ち
言葉にならない
0104 はづき
http://www013.upp.so-net.ne.jp/dir_pピーポー
Y病院は
アルコールの匂いがした
冷たい夏の激しい雨
面会を待つ間にも
救急車はひっきりなしに出入りする
あなたの耳に
その音は届いただろうか
ピーポー
生きろ
生きなさいと
眠っている
集中治療室のあなたに
呼びかけてみたが
管と線に巻かれたひとは
本当にひとであるのか
でもその手は
まだ人間の温かさ
判別できない空気の中
わたしが決めたことは
むくんで他人のようになった脚を
わざと見ないでおくこと
まだ雨は激しい
あなたの息は一層静かになる
乗合バスと救急車がすれ違う
今日もどこかで
あなたのような誰かが
生の時間を
カウントダウンしている
今年の夏
あなたはどこで
救急車の音を
聞いていますか
ピーポー
000b 佐々宝砂
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sasah/トリプトファンレス・トリプル
ここに俺がいると思うか思うなら挙手せよ
インターネット上に俺がいると思うか思うなら挙手せよ
あるいは印刷された紙に印字された文字に
夕方の台所に夜明けのシャワー室に
ビールが臭う真昼間のネットカフェに
世間から隔絶した本とビデオでごちゃまぜの八畳間に
俺がいると思うかこの俺がいると思うか思うなら忘れろ
言うまでもないが俺はそこにいない
ぎらりと朝日射し一般的に言えば爽やかな一日の始まり
俺は多層化してゆく俺をどうにかひとつにまとめあげ
唐突に一人称が「俺」のままだったことに気付き
あわてて「私」に変えようとするができない
そんな朝もたまにはあるのでとにかく
夢と現実区別がつかない寝ぼけた顔を洗って髪を結い
昨夜から作っておいた煮えすぎの味噌汁を食い
買ったときには白かったシャツを着て仕事に出かけ
などという日常を書いていいのだろうかと
平凡な問いが大脳皮質表面をりらりらまわるそれが今で
でもあのとき 時がのんべんだらりと続いたあのとき
夕方だか夜明けだかわからなかったあのとき
ゼリーのカップで生ぬるいチューハイを飲みながら裸で
触ると崩れる危なっかしい本の山のあいまで
俺が一人ではなく二人でもなくでも俺たちだったとき
俺は確かにあのときあそこにいたけれど
白紙の上に俺がいると思うか思うなら立ち去ってくれ
キリンのあごひげに俺がいると思うか思うならお願いだ消えてくれ
あざとく吠える隣の犬の舌細胞の星状体に
漂白しても落ちない茶渋の裏に
昨年街頭で配られたのをもらってきて
それきり忘れたままの使い捨てカイロの灰の内奥に
洗う気もなくしてしまった通勤快足靴下に
俺はいる いるけれどほっといてくれあるいはどうか
立ち去ってくれそして俺のことを考えるな俺は
傍観する傍観する傍観する あなたがたはただ行動せよ
000c 芳賀 梨花子
http://rikako.vivian.jp/hej+truelove/センチメンタルジャーニー
午前中に伯母を連れて大学村(*1)の赤い屋根の家を見に行きました。「あなたのママが生きていればねぇ」と伯母がため息をつきました。私は少しだけママのことは忘れ始めています。癌で弱っていく身体を支えてこの家を見に来たのは何年前になるのでしょうか。
テラスには曽祖父が作ったという白樺の脚の椅子とテーブルが当時のまま放置されていて、あなたのお姉さまったら、無邪気に喜んでいます。それでね、二人でその椅子に座って、しばらくいろいろなことをお話したの。その先に広がる景色を眺めながら。でも、広がるとはいっても、木々が覆いかぶさってしまったから、当時の景色とは様変わりしているだろうけど、斜面のいたるところにホタルブクロの花が揺れて、ああ、そういえば薄紫のこのお花をママはたいそう愛していましたね。
今日は朝からはっきりしないお天気なので、すっかり深い森になってしまったあたりは薄暗く、冷たい風が谷から吹き上がってきます。「この谷の底には沢があってね。金魚が流れてきたのよ」伯母の記憶違いだと思います。だって、このあたりの沢の水は冷た過ぎて金魚が生息できるとは思えないもの。「おじい様がね、ほら、金魚が流れてきたぞ」といっては、あなたとふたりで一生懸命流れてくる赤い金魚を追ったのだと伯母は話し続けています。私はじっとその話を聞きながら、この森の奥の見えない沢を眺めているの。森はね、それぞれの太く大きな幹が、沢の湿気を含み、太陽の光を求めて天高く伸び、枝を張り、葉を茂らせているの。ママ、お元気ですか?空が晴れてきました。風も吹いてきました。ざわざわと森が揺れています。だから沢の音がちっとも聞こえてきやしない。でもね、光が葉脈を透かして差し込んできます。緑の息をしながら森はいつもここに、そしてこの家もいつもここに在ったのです。赤い屋根に葺きかえられてしまったけれど。
黙って聞いているだけの私に伯母がそろそろ帰りましょうかと言いました。私は泣きたくなかったし、その頃にはすっかり身体が冷えていたので、あたたかいお紅茶とブルーベリーの焼き菓子が恋しくなってしまったの。ママ、ごめんね。去りがたいと忘れないということは全然べつな事柄なのよ。この赤い屋根の家だって、深く、深い森に飲み込まれてしまったけれど、お庭の真ん中から振り返って見ると、それは、それは立派なお姿ですもの。だから私は山女が海に出て桜鱒になるように、沢の金魚を追い続けて差し上げます。でもね、ママ。大おじい様は金魚を街かどこかで買ってきておいて、書生さんか誰かが沢に放していたんだと思うわよ。
(*1) 大学村とは 北軽井沢の古くからある別荘地の名称。
0113 チアーヌ
http://plaza.rakuten.co.jp/chiamia/窓のある部屋
ずっとここに住んでいる
ここがどこなのか
わたしにはよくわからないけれど
アル日
ここに
白い服を着た
顔のない誰かが
わたしを連れてきてくれた
わたしの手を引いて
それからずっと
わたしはひとりでここにいる
暑くなく
寒くなく
食べものと
水と
ふとんがある
時折
携帯電話に
メールが来る
「退屈じゃない?」
「元気にしてる?」
「こんど遊ぼうよ」
みんなわたしが
退屈しているのだと
思っているらしい
そんなことないのにな
だって
この部屋には
窓があるんだもの
わたしは退屈すると
床に敷いたラグマットを
ひっくりかえす
そこには
50センチ四方の
開閉出来ない
窓がある
しばらくまえ
窓の下は海だった
暗い水の中
マグロが泳いでた
少し怖かったけど
しばらくの間
わたしは見つめつづけた
何日かまえ
窓の下はゆうえんち
メリーゴーランドが
ぐるぐる回っていた
わたしはずっと一緒に
メリーゴーランドの
歌を歌った
昨日は
窓の下は高速道路で
車がびゅんびゅん走っていた
日が暮れると
赤いテールランプが
きれいに見えた
そして今日は
ひとつの家族が
暮らしているのが
見える
どこにでもある
リビングダイニングルーム
パパとママと
小さなこどもがふたり
そんな
ひとつの
家族が
暮らしている
わたしは
一緒に暮らしているような
気分になる
ここがどこなのかは
わからないけれど
わたしは
たのしい
白い服を着た
顔の無い誰かが
また迎えにきてくれるまで
窓はあるけど
ドアの無い部屋で
わたしは
たのしい
2004/8/15発行
詩集の感想などGuestBookに
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(編集/佐々宝砂・遠野青嵐)
(写真・ページデザイン/芳賀梨花子 )