五月雨 穿つ。穿つ。 五月雨 ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう 紺色の少女 五月雨 お買いもの さみだれ 道程 露と流れて 沁みる雨 |
五月雨 雨だからといって傘をささず |
穿つ。穿つ。 勝手にあたしの手を離れ |
五月雨 本を読む私の傍らに子猫 |
ガレージ星雲で珈琲を飲みましょう あたしの左胸の少し上の方 |
紺色の少女 彼女には大きすぎる紺色の帽子 |
五月雨 暖かい雨が |
お買いもの 五月雨の中を買いものに行ったら |
さみだれ 五月半ばの空は晴れ渡り |
道程 記憶の欠片を繋ぎ合わせるような湿り気が南の風にのって湾に吹き込む。今にも朝日が駆け上がりそうだった半島を覆い隠すように雲が垂れ下がる。砂浜では道程のように私の前には道が無く、私の後に道はできるが、波がいやおうもなく幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を愛したように、誰か私を愛してください。しあわせを妬むようなことはしないけれど、誰かの日記を盗み読むような生活を、どうかやめることができますように。私の前には道が無く、私の後には道ができるが、波はそれを幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を忘れなかったように、誰か私を忘れないでいてください。高まる自分の感情を抑えきれない。だから、私は書いて、書いて、書き続けている。でも、ふと、我に返ってしまうことだって有り得る。そうなると溜め息を付くしかない。頬杖を付くしかない。もしくは、本棚の高村光太郎詩集を探すことぐらいしかできない。しかし、これ以上どうあがいても、いくら、必死に繕っても襤褸切れのようなリアリティーは一枚布のように確りとした縦糸を持てない。現実逃避、今、私は昔の友達が遺したピクチャーブックを手にとって、挙句の果てにパラパラとページをめくっている。知っている名前の署名と追悼のメッセージが巻頭に並ぶピクチャーブック。毎年、夏の終わりに七里ガ浜に彼を偲んでみんなで集まっていて、私も何年か前に顔を出したけど、それ以来ご無沙汰している。決して忘れたわけじゃないけど、みんながみんなお酒を飲んで、歌を歌って、踊りを踊って、彼のことを思い出して、みんながみんなで彼の話をしていて、それ中でひとり私は黙って聞いていたら、まるで、潮騒みたいに留まるようで留まらない音のように私はいつも他者であり、相反して心はカンブリア紀のように様々な生物が増殖していく。だから、私はもう出かけない。独りで砂浜に降りて昔のことを埋めてこよう。砂のお城を築くように穴を掘る。もっともっと深く、もっともっと隠してしまいたいのに、だいたいにおいて九月はそんな風にはじまって、台風がすべての秩序を台無しにして、あらかたのことに収まりがつくと秋が深まり、まだ何も指先に触れぬうちに冬がやってきて、それから、しばらくすると強い風が吹いて、洪水のように押し寄せる春が嫌いで、だからといって桜の蕾がふくらむように、ひそやかに春が訪れたって、やっぱり春は嫌いだけど、今の私は若草の匂いと、ぬかるまないくらいの雨に降られている。薄ぼんやりと朝日が記憶のように半島から顔をもたげても、世の中は明るくならない。沖では水平線と空が抱き合って泣き、誰かが摘んだ浜昼顔のさきに砂浜があり、私の前には道がなく、私の後に道は出来るが、波がいやおうもなく幽かなものにして、やがて無に還してしまうだろう。智恵子を愛したように、誰か私を愛してください。どうか、どうか、誰でもいいから私を忘れないでいてくださいと繰り返し、繰り返し叫んでも、きっと、それはこの雨が静かに打ち消していく。誰を恨んでも呪っても仕方がない五月雨の頃。降るならばもっと強く、もっと強く否定して、すべてを消し去るのではなく刻印する太陽の下、七月に運んでおくれ。 |
露と流れて 降り続く雨に |
沁みる雨 人を |
2006.5.15発行
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/芳賀梨花子
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