冬の日に
少女に出遭う駅
メロディ
柔らかい殻
太陽柱
冬の日に
yoyo
冷たい雨が降る
雪にはならない
人は優しくもあり
冷たくもあり
人を信じすぎるから
とても傷つき
コートを着ても
古傷が痛む
晴れた日は眩しいが
気持ちはうつうつとして
未来を悲観しはじめる
明けない夜明けはないと
ここ数ヶ月頑張った
ケセラセラと歌えない
誰も助けてくれないから
満身創痍で格闘する
コートがもっと厚手なら
きっと温かいだろうに
少女に出遭う駅
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九鬼ゑ女
ここは無人駅。
その寂れた駅のホームに立ち竦む人影がひとつ。
それは幼い少女。
熟すには程遠い、青く硬い果実のような子。
線路の上、重たそうに瞳を零している。
夕闇が自らの衣で辺りの色を包み隠そうとしている。
「ひとり?」
私は少女に問う。
見知らぬ旅人の問いかけに
線路に落とした瞳を拾いもせず、
少女はこくりともしない。
手にしていた時刻表を調べてみる。
この時刻、そして今以降もこの駅に止まる列車などひとつもない。
「…のりおくれちゃったの?」
そう、しつこく言葉を足す私。
と、それまで無表情だった少女の顔が大きく崩れる。
激しく歪むその横顔が、私の胸に妙に痛い。
見上げれば空も凍てつくよう。
白いものが落ちてくるのも時間の問題だろう。
そんな真冬だというのに、
少女のからだにはコートもマフラーも手袋もない。
白いセーターに臙脂色のプリーツスカート。
その下から覗く丸い膝小僧が二つの目玉で私をぐいと睨みつける。
私のすぐ前。
薄氷を纏ったような少女の肩が止まらない嗚咽で小刻みに震える。
思わず私は自分のコートを脱ぎ、少女の背に掛ける。
ふわり・・・・コートが少女のからだを包み込む。
が、見ると、少女を覆ったはずのコートは虚しく宙を舞っているだけ。
そして北風に攫われた私のコートはホームの端へと飛ばされてゆく。
それを追う私の目に少女の姿はもう何処にもなく、ちらちら降りだした粉雪が、
だらしなくホームの上に寝そべる私の黒いコートの上に白い点々を灯す。
*
そう、あの日。
雪のちらつく夕方、少女は無理矢理、母にこの駅で降ろされたのだ。
慌てて降ろされた少女。
コートを汽車の中に忘れたのさえ気づかずに。
――― いいかい、おばあちゃんちでお利口に待ってれておくれね。
年が明けたらすぐに、お母ちゃん、あんたをお迎えに来るからね。
年が明けてから毎日、少女はホームで待った。
母の言葉を信じて、少女は母を待った。
けれどやって来るのは母を乗せない汽車ばかり。
来ぬ母を待って待って待ちくたびれた少女は、いつか旅する大人になった。
そうなのだ。さっきのあの少女は・・・…遥か昔の「私」だったのだ。
祖母の家に預けられて、まもなくのこと、少女は本当のコトを知る。
流れ落ちる涙も拭わず祖母は少女を強く抱きしめた。
――― ええか、母ちゃんはね、もうおまえを迎えにはこんだよ。
おまえがおったらな、母ちゃんは幸せになれんとよ。
――― 幸せになれん?
大人になった少女、そう、私はそれから母を捜す旅に出た。
もう何年になるだろう。
私はどうしてもこの目で“幸せになった母”を確認したかった。
だからこうして毎年、年明けには、必ずこの無人の駅に私は降り立つ。
もちろん、母を待つために。
なのになぜだろう。
毎年、私は捨てられた少女に出遭ってしまうのだ。
メロディ
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ナツノ
さむくてさむくて
まるくなった背中に
携帯が鳴って それは もろびとこぞりて で
もう 今日の扉を 閉じてしまおうと
思っていたのに
つまらないメルマガが
時をたぐりせる
去年 あなたが
コートの中から 取り出したのは
サヨナラの言葉
思いもよらない プレゼント
この 交差点で
キラキラ もろびとこぞりて が
空から降りそそぐよ
商店街の ささやかなイルミネーション
赤や緑が 胸に にじむ
あれから
季節はひとまわりしたのに
コートのぬくもり
まだ 覚えてる
信号が変わっても 歩き出せない
今年の冬
柔らかい殻
宮前のん
私の家は大きな卵です
ひざを抱えて中に座れる大きさです
卵の内側には柔らかい綿が敷き詰めてあって
たぶん冬でも裸で眠れるくらいです
暖かくてほんのり明るいので
ついウトウトしているのですが
じっとしていると背中が痛くなります
私は小さな声で歌を歌ったり
詩を考えながら過ごします
時々父の声が聞こえます
母が泣いている時もあります
それから知らない人のガヤガヤ言う声や
外側から光を当てられたり
変な電線をつけられたりします
内側から影が見えるのですが
殻を破ることは誰もしません
卵に入る前の事はよく覚えていません
思い出そうとすると泣きたくなるのです
確か振り切るように車を飛ばしたのです
気が付いたらこの中に座っていました
母が時々卵を抱いて
子守唄を歌ってくれます
私はますます居心地が良くなって
卵の中でうずくまります
外の世界を見たいとも思いません
いつまでも
いつまでも
太陽柱
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伊藤透雪
ダイアモンドダストの中
乱反射する光の輝く柱が
閉ざされた季節に立っていた。
きりきりとほおを突き刺す寒さに震え
鼻の奥がつんと凍えて
息の煙さえも凍って落ちそうだ
コートの襟を立てても芯まで冷えていくのは
胸の奥にしまった苦い思い
何もかも灰色の思い出に変わっていってしまう
時計の針は一方通行
凍えた手に息を吹きかけても
冷えてしまった指先はしびれたまま
ポケットの中に握った手のひらは
今は自分一つきり
何もかも新しい時に向かうために
置いてきたはずのものは
捨ててはいけないものだったのだと
気づいたときは既に遅く
時計の針のままに時間だけが過ぎてしまった
きしむ足音は静かに心に響いている。
意識は遠い過去へと視線を向ける
心の針を巻き戻して
未来は知らない
刻まれていくのは過去
記憶の中で再生されるリフレインは
やまびこのように語尾が切れている
忘れられない
忘れてはいけない
閉じこめた記憶
誰にも告げずに胸の奥で
きしむ雪道の中で
静かに立っている光の柱は
消えない
2009.12.15発行
(C)蘭の会
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CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
ページデザイン・グラフィック/佐々宝砂