maneku
ジャングルジム
遊泳禁止区域
初夏の水曜日
maneku
九鬼ゑ女
霞みゆく 朧ろな瞬間(とき)よ
何処へ と、
手招く影は 微かに ひとつ
待って 待って
あの日 蹲っていたココロ が
虚ろな 闇の間から
ぽーん ぽーん
弾きだされて あふれ出る 迸り
手に余る 駄々っこ か
ほら… ね、
呼んでいるよ
おいで おいで
手招く影は たった ひとつ
手招く影は まだ… ひとつ
ジャングルジム
宮前のん
僕らの家にようこそ
子供二人に招待されて
目の前に浮いている横棒を
両手でぎゅっとつかむ
下を見ると目が眩むから
見上げながら登り始めると
縦に横に鉄の棒が走って
好き勝手にそこら中を区切ってる
まるでオリみたいだねって
次男が朗らかに笑う
やっとてっぺんまで行って
今度は向こう側から
そろそろと足探りで降りる
横棒の無い所があって
不意に足場を失いしがみつく
いつでもあると思っていたら
まんまと足元を掬われる
ママ、だいじょうぶって
長男の声が聞こえ
そのまま動けなくなる
檻の中に閉じ込められて
どうやら私もがんじがらめ
遊泳禁止区域
佐々宝砂
白い波に足をひたして
海に走り込もうとするこどもをつかまえる
波に洗われる砂のうえ
何かの記念の石碑みたいに
ぽつんと残される丸い石
背の立たない輝く水に浮かび
ようやく息を継ぎながら
ずんずん遠くなる岸をみていた
あの記憶は
まだふくらはぎのあたりに残っている
誰が招くのか
何が招くのか
遊泳禁止区域の看板の下
忘れられたまんまのサンダル
干からびたカジメ
へこんだペットボトル
ツメタガイが穴を開けた二枚貝
さほど美しくもない海原で
わたしたちは確かに何者かに
招かれていることを悟りながら
わたしはやっぱり
海に走り込もうとするこどもをつかまえる
初夏の水曜日
伊藤透雪
日陰を作る林の底には
堆積した土のにおいがする
山のにおいとも違って
まるで体臭のような違い
お気に入りの植物園にこっそり
私は秘密の場所を持っている
誰も来ない場所 ひとりになる所
林のにおいは故郷の山とは違うにおい
でも思い出すには十分なにおい
林の真ん中にぽっかりと開いた日だまりで
梢を鳴らす風に触れた
風は春と夏を撹拌しながら
温もりの中にわずかな湿気を含んで
草のにおいを連れてくる
鼻をくすぐり二の腕あたりを触れていく
父の腕に身を預けるように
草の上に仰向けになって
手足をぐんと伸ばし手のひらを上にすると
空から光が透き通る
林の木々が空に向かって腕を伸ばし
雲を招いている
空はその隙間を流れて青空ばかり
光が夏を連れてこぼれ落ちてくるまでに
雨は何度降るだろう
私は今目を閉じて感じる
においをかぎ
風に触れ
眼の底で日の光を見つめる
耳がさざめきや小鳥のさえずりを拾って
胸に溜まった削りかすを払ってくれた
そんなうららかな晴れの水曜日
2016.5.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂