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<ママレードの音楽>
1.
僕は瓶の底で生まれた。碧い硝子の空は
どこまでも強固に僕を守ってくれた。時折、
白い鳥が丸い窓を横切るほかは、何ひとつ
僕に見えるものはなかった。
硝子の外にも美しく波打つ世界が続くの
だと思っていたのに、ある日、鋭い鉄の玉が
瓶の口を打ち抜いたんだ。
降り注いだのは血の雨だった。僕は瓶に
溜まっていく誰かの血液に溺れそうになって、
命からがら瓶を抜け出した。
これが、僕と外の世界との初めての出会い。
2.
星が落ちた場所を探すよう兵士達は命ぜられ
ていたが、途中で皆自分が誰なのか分からなく
なり、軍隊はひとりでに解散したらしい。
私のコーヒーカップの底で、流れてしまった
星が息をしている。
3.
ママレードの中から音楽が聴こえる。
もう死んだと思っていたのに、
君はこんなところで歌いつづけている。
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竹富島と八重ちゃん
西の集落を縫う
昔ながらの細い道
水牛車観光のおじさんの
のうのうと語り続け
それよりもゆるゆると
車を引き続ける大きな水牛
彼女の名前は八重ちゃん
仲間うちで一番の年寄り
陽炎に煽られて
何千何万と踏みしめる蹄
開かれた民家の裏口
昼寝する骨と皮だけの老婆
ブーゲンビリヤの枝
やがて海に重なりゆく
青い空
時の止まる錯覚は
赤瓦のシーサーの悪戯
彼らがにんまり微笑むのは
八重ちゃんにだけ見える
彼女は
島の時間の流れ続けるのを知っている
だから人々が何ヶ月もかけて
石灰岩を掘り出したのち
やっと耕作を始めたサトウキビ畑とか
白い岩を捨てる代わりに積み上げた
美しい石垣なんてものを
愛していたりする
水牛車のおじさんは
毎回同じ琉球民謡を歌うが
とうとうとした歌声と
弦の伸びた三味線の音色は
八重ちゃんの身体に染み付いている
大きな岩をまるごと抱き込んだ
がじゅまるの角を曲がれば
今日のお勤めはお終い
心行くまで水を浴びよう |
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