厶 - 漢字私註
説文解字
姦衺也。韓非曰、蒼頡作字、自營爲厶。凡厶之屬皆从厶。
- 九・厶部
康煕字典
- 部・劃數
- 部首
『唐韻』息夷切『集韻』相咨切、𠀤音私。『說文』姦衺也。韓非曰、倉頡造字、自營爲厶。『集韻』通作私。
又『玉篇』亡后切、音某。厶甲也。『陸游老學庵筆記』今人書厶以爲俗。穀梁二年、蔡侯鄭伯會于鄧。范甯註云、鄧、厶地。陸德明釋文、不知其國、故云厶地。『篇海』義同某。
音訓
- 音
- シ(漢、呉) 〈『廣韻・上平聲・脂・私』息夷切〉
- 訓
- わたくし
解字
白川
象形。耜の形で、私の初文。私とは隸屬的な耕作者をいふ。
『説文解字』に『韓非子・五蠹』を引き、公を厶(私)に八く形と解するが、公は公廟、公宮の廷禮を行ふ場を平面的に示す物で、初形は厶に從ふ形でない。
田神を意味する畯は夋に從ひ、夋は耜の形を頭とする神像の形。耜の從ふ㠯が厶の初文で、耜の先の象である。
厶を私にして姦邪の意とするのは、私田が公有田に對して公共性を缺くとする考へ方を、その字の用義に移したもので、後の字形による解釋である。
藤堂
指示字とし、三系統を擧げる。
私
三方から圍んだ姿を示す。私の原字で、細かく分けて自分の分だけ圍ひ込むこと。細と同系の言葉。
耜
曲がつた枝で作つた耜の形で、耜の原字。(補註: 㠯)
厷
落合
厶の字形に當てるべき字として三系統を擧げる。
㠯
以の略體(㠯に相當)の同源字。
厷
厷の略體。(補註: 𠃋)
亡失字
單獨の字としては用ゐられなくなつた。栗の甲骨文は三厶と木に從つてをり、厶が栗の實を表してゐる。尖つた物の一般像と考へられる。
甲骨文には單獨では原義での用例が見えない。地名またはその長、また貞人名として見える。
現用の栗字は、厶に替へて卣に從ふ異體字の系統。
齊の甲骨文は三厶に從ひ厽の形につくる。また、參もこの厶に從ふ。
漢字多功能字庫
金文は私の初文。閉ぢる形、あるいは圓環の形、あるいは逆三角形につくり、一切が自己を圍むことを表し、自己を中心となし、本義は利己的なこと。陳偉湛は韓非の説(『説文解字』が引用してゐる)を根據に、厶は己の方に向けて曲げる腕を象り、專ら自己打算で周邊のものを自分の身邊にすくふ人を指し、故に本義を利己的であるとする。按ずるにこの説には根據がない。「自營」の語に手で物事をすくひさらふの義はなく、且つ、厶と腕を象る厷字には字形に區別がある。
金文に多く「厶官」の語が見え、傳世典籍に「私官」につくり、後宮の官署を指す。漢代の「私官」は皇后の食官(食事を掌る官)を指し、また太后や公主の食官も指す。戰國時代の「私官」の性質も漢代と大きく異なるものではないであらう(朱德熙、裘錫圭)。信安君鼎信安君厶(私)官。
卅六年私官鼎私官。
『漢書・張放傳』大官私官並供其第、兩宮使者冠蓋不絕、賞賜以千萬數。
戰國竹簡での用義は次のとほり。
- 讀んで私となし、利己的なことを指す。《上博竹書一・緇衣》簡21
厶(私)惠不褱(懷)德,君子不自蒥(留)安(焉)。
全句で、利己的な恩惠は公德と合はず、君子は接受すべきではない、の意。 - 「私子」の語があり、私生子を指す。《清華簡一・皇門》簡3-4「「自釐臣至于又(有)貧(分)厶(私)子、句(苟)克又(有)諒、亡(無)不懍達、獻言才(在)王所。」全句で、治國の大臣から采邑を分け與へられた庶子に到るまで、もし信義を有し、通達を愼み深く敬はざることなければ、朝廷に在りて良言を獻ず、の意。
古人は公と私を相對し、現代漢語でも大公無私、公正無私、公而忘私、先公後私などと言はれる。戰國時代、韓非子が既に字の構形に從ひ、公私の分を強調した。
屬性
- 厶
- U+53B6
- JIS: 1-50-51
関聯字
厶に從ふ字
- 篡
- 㕗
厶聲の字
- 㺨
- 私