勿 - 漢字私註

説文解字

勿
州里所建旗。象其柄、有三游。雜帛、幅半異。所以趣民、故遽、稱勿勿。凡勿之屬皆从勿。
勿部
𣃦
勿或从
説文解字注は勿或从とする。

康煕字典

部・劃數
勹部二劃

『唐韻』『集韻』『韻會』『正韻』𠀤文拂切、音物。『說文』勿、州里所建旗。象其柄、有三游、雜帛幅半異、所以趣民、故遽稱勿勿。

『集韻』或作𣃦。

又通作物。『周禮・春官・司常』九旗雜帛爲物。

又『玉篇』非也。『廣韻』無也。『增韻』毋也。『韻會』莫也。『通志』勿、州里之旗也。而爲勿不之勿、借同音、不借義。『論語』非禮勿視。《朱註》勿者、禁止之辭。

又『韻會』愨愛貌。『禮・祭義』勿勿諸其欲其饗之也。《註》猶勉勉也。

又『六書正譌』事物之物、本只此字、後人加牛以別之。

又『顏氏家訓篇』書翰稱勿勿、不知所由。或妄言此匆匆之殘缺者。及考『說文』乃知怱遽者稱爲勿勿。『東觀餘論』今俗勿中加點作匆、爲怱遽字、彌失眞矣。

又『正韻』莫勃切、音沒。掃塵也。『禮・曲禮』䘏勿驅塵。

音訓

ブツ(漢) モチ(呉) 〈『廣韻・入聲・物・物』文弗切〉
なかれ。ない。あらず。

解字

白川

象形。弓に呪飾をつけた形。その字の初形は、弓弦の部分を斷續したもので、彈弦の象を示すものかと思はれる。すはなち彈劾を行ふ意で、これによつて邪惡を祓ふものであるから、禁止の意となる。

説文解字に旗幟の象とし、州里建つる所の旗なり。其の柄の三游(吹き流し)有るに象る。雜帛(緣飾りのある旗ぎれ)幅半ば異なり。民をうながす所以なり。故ににはかなることを勿勿と稱す。といひ、重文としてに從ふ字を錄する。

説文解字は勿を物旌(氏族標識の旗)と解するが、卜文の字形は弓體を主とする形に見え、金文の字形は、耒で土を撥ねる形に作り、字形に異同がある。恐らく弓弦の勿、撥土の勿と、それに説文解字のいふ物旌の勿とは、その聲近く、字形も類してゐるために、時期によつてその用字が推移したものであらう。ただ禁止の意を主として字形を求めるならば、彈弦の象を示す卜文の形が原義に近く、撥土の象を用ゐるものは假借、物旌は呪飾としても吹き流しで、これにも呪禁の意がある。

藤堂

象形。樣々な色の吹き流しの旗を描いたもの。色が亂れて良く分からない意を示す。轉じて、ひろく「ない」といふ否定詞となり、「さういふ事がないやうに」といふ禁止の言葉となつた。

落合

落合は後の勿に當たる甲骨文として、に從ふ勿と、に從ふ𣱼の二系統を擧げる。

の略體と小點に從ひ、恐らく弓の弦が切れた樣を表してゐる。甲骨文では轉じて否定の助辭として用ゐられてゐる。弓を二つ竝べた形も用法が同じであり、同字の異體と看做す。

甲骨文での用義は次のとほり。

  1. 否定の助辭。不や弗と異なり、能動的な行爲を表す語に對して用ゐられる。《北京大學珍藏甲骨文字》787貞、𢀛方其來、王勿逆伐。
  2. 人名。第一期(武丁代)。《合集》9334・貢納記錄勿入二百二十五。

周代には誤つて𣱼が否定の助辭として用ゐられるやうになり、刀と二つの丿で勿の字體となつた。

𣱼

會意。と小點に從ひ、犧牲を殺す際に血が飛び散る樣を表してゐる。異體字には刀の向きを變へたものや、刀をに誤つたものなどがある。

甲骨文での用義は次のとほり。

  1. 祭祀名。《殷墟花園莊東地甲骨》239癸酉卜、勿𣱼新黑馬又豝。
𣱼牛
牛の種類を表す。黑色の牛とする説と雜色の牛とする説があるが、甲骨文には詳細な記述がない。合文で表記されることもある。
𣱼牢
犧牲の種類を表す。牢は牛、羊、豚のセットとされるが、黑色のものとする説と雜色のものとする説がある。

西周代以降には字形の類似から誤つて否定助辭の勿として使はれたが、殷代には否定助辭としての用法は見られない。

𣱼牛の合文を物と釋する説もあるが、字義上では𣱼、勿は連續しない。

漢字多功能字庫

甲骨文、金文は、と數點に從ひ、刎の初文。數點は刀に切斷されたものを象る(裘錫圭)。また一説には數點は血の滴る形を象るといふ(張世超等)。本義は分割、割斷(切斷)。『廣雅・釋詁』刎、斷也。

(補註: 漢字多功能字庫は、落合が𣱼とする字のみを甲骨文として擧げる。)

甲骨文では用法が三つある。

金文では用法が二つある。

戰國楚簡や漢初帛書でも勿を讀んで物となす。

屬性

U+52FF
JIS: 1-44-62
人名用漢字
𣃦
U+230E6

関聯字

勿聲の字