衍 - 漢字私註
説文解字
説文解字注
水朝宗于海皃也。鉉無皃字、非。海淖之來、旁推曲暢、兩厓渚涘之閒不辨牛馬、故曰衍。引伸爲凡有餘之義。假羨字爲之。
从水行。洐字水在旁、衍字水在中。在中者、盛也。會意。以淺切。十四部。
康煕字典
- 部・劃數
- 行部・三劃
『唐韻』『集韻』『韻會』𠀤以淺切、音演。〔音1〕水溢也。『說文』水朝宗于海也。
又『小爾雅』澤之廣者謂之衍。
又美也。『詩・小雅』釃酒有衍。
又布也。『前漢・司馬相如傳』離靡廣衍。
又游衍。自恣之意。『詩・大雅』昊天曰旦、及爾游衍。
又衍沃、平美之地。『左傳・襄二十五年』井衍沃。
又曼衍、無極也。『莊子・齊物論』和之以天倪、因之以曼衍。
又沙衍、水中有沙者。『穆天子傳』天子乃遂東征、南絕沙衍。
又篋衍、笥也。『莊子・天運篇』芻狗之未陳也、盛以篋衍、巾以文繡。
又『博雅』衍衍、行也。『謝朓詩』衍衍淸風爛。
又水名。『史記・荆軻傳』丹匿衍水中。『索隱曰』在遼東。
又朐衍、地名。『前漢・地理志』屬北地郡。
又姓。『通志・氏族略』衍、子姓、宋微仲衍之後。
又『廣韻』于線切、延去聲。〔音2〕義同。
又『集韻』夷然切、音延。〔音3〕進也。『周禮・春官』望祀望衍。《鄭註》讀爲延。《疏》衍、衍祭也。『劉歆・甘泉賦』高巒峻阻、臨眺曠衍。叶泉字韻。
音訓義
- 音
- エン(漢)(呉)⦅一⦆
- エン(漢)(呉)⦅二⦆
- エン(推)⦅三⦆
- 訓
- のばす⦅一⦆
- のびる⦅一⦆
- あまる⦅二⦆
- あまり⦅二⦆
- 官話
- yǎn⦅一⦆⦅二⦆
- 粤語
- jin2⦅一⦆⦅二⦆
- jin5⦅一⦆⦅二⦆
- hin2⦅一⦆⦅二⦆
⦅一⦆
- 反切
- 『廣韻・上聲・獮・演』以淺切
- 『集韻・上聲下・𤣗第二十八・演』以淺切
- 『五音集韻・上聲卷第八・獮第十一・喻四演』以淺切
- 聲母
- 羊(喉音・次濁)
- 開合
- 開
- 等呼
- 三
- 推定中古音
- jiɛn
- 官話
- yǎn
- 粤語
- jin2
- jin5(又讀)
- hin2(又讀)
- 日本語音
- エン(漢)(呉)
- 訓
- のばす
- のびる
- 義
- のびる。のばす。のべひろげる。敷衍。蔓衍。
- 流れが長くのびる、海に達する。
- 釋
- 『廣韻』
衍: 達也。亦姓、『字統』云水朝宗於海故從水行。
- 『集韻』
衍: 『說文』水朝宗于海也。一曰廣也、達也、樂也、散也。通作演。
- 『康煕字典』上揭。
⦅二⦆
- 反切
- 『廣韻・去聲・線・衍』于線切
- 『集韻・去聲下・綫第三十三・衍』延面切
- 『五音集韻・去聲卷第十一・線第十一・喻四衍』延線切
- 聲母
- 羊(喉音・次濁)
- 開合
- 開
- 等呼
- 三
- 推定中古音
- jiɛn
- 官話
- yǎn
- 粤語
- jin2
- jin5(又讀)
- hin2(又讀)
- 日本語音
- エン(漢)(呉)
- 訓
- あまる
- あまり
- 義
- あまる。あまり。餘分。溢れる。衍溢。衍字。
- 多い。豐か。
- 平らか。
- 釋
- 『廣韻』
衍: 水也、溢也、豐也。于線切。又以淺切。八。
- 『集韻』
衍: 延面切。水溢也。一曰大也。文二十。
- 『康煕字典』上揭。
- 補註
- 官話、粤語の發音は、⦅一⦆と合流したと思しく、上聲に讀む。『康煕字典』の記述にもそれが窺へる。
⦅三⦆
- 反切
- 『集韻・平三・㒨・延』夷然切
- 『五音集韻・中平聲卷第四・仙第十一・喻四延』以然切
- 聲母
- 羊(喉音・次濁)
- 開合
- 開
- 等呼
- 三
- 日本語音
- エン(推)
- 釋
- 『集韻』
衍: 進也。『周禮〔春官・男巫〕』「望祀望衍」鄭氏讀。
- 『康煕字典』上揭。
解字
白川
『說文』に水、海に朝宗するなり
とするが、行は路。行路の上に水が溢れる意。
藤堂
落合
巡の甲骨文(⿰彳巛の形)の異體に、行と巛に從ふ形(⿲彳巛亍)がある。これが後に衍字に分化した。
【補註】落合が巡の甲骨文として擧げる⿰彳巛、⿲彳巛亍の形を、漢字多功能字庫は衍の甲骨文として擧げる。辵(彳と止)と巛の略體に從ふ形については、兩者とも巡の甲骨文とする。約めると、落合の言ふ巡 = 漢字多功能字庫の言ふ衍 + 同じく巡。
漢字多功能字庫
構形本義に定論はない。甲骨文は行と川に從ふ。行はあるいは省いて彳につくり、いづれも道路の形に象る。川はあるいは水につくり、いづれも水の流れるさまに象る。水が四方八方に通ずる道路を流れ、恐らくは溢出、泛濫の義で、派生して延伸、展開、散布を表す。
- 『小爾雅』
澤之廣者謂之衍。
- 『楚辭』
憂苦巡陸夷之曲衍兮
王逸注澤也。
- 〈東京賦〉
仁風衍而外流
、薛綜注布也。
甲骨文での用義は次のとほり。
- 人名に用ゐる。貞人名、婦名など。
- 地名に用ゐる。
- 卜辭の「又衍」、「亡衍」について、徐中舒は災と讀めるとする。姚孝遂は借りて延となし、つまり「有延」、「無延」で、淹留(滯留、滯在)の意を表すとする。案ずるに衍の字音は延と近く、姚の説の方が合理的である。
金文は行と川に從ひ、人名、地名に用ゐる。意義は不明。
『說文』の衍と𣶃の釋は同じであり、王筠は、衍字の釋が失はれ、𣶃字の釋をこれに移したと疑ふ。
衍と羨は音義近く、通ずる。傳世文獻の衍は多く泛溢、多餘の義。
- 『詩・大雅・板』
及爾游衍
毛亨傳溢也。
- 『尚書大傳・虞夏傳』
至今衍于四海。
鄭玄注衍、猶溢也。
- 『韻會』
以淺切、音演。水溢也。
段玉裁注衍、引伸為凡有餘之義、假『羨』字為之。
- 『說文通訓定聲』
『漢書・司馬相如傳』浸淫衍溢。《注》言有餘也。今衍文字亦以羨為之。
衍と衎は相通ず。
- 傳世本『周易・漸・六二』
飲食衎衎
を、東漢熹平石經《周易》や《馬王堆漢帛書・周易》は「衍衍」につくる。 - 『穀梁傳・襄公廿六年經』
衛侯衎復歸于衛。
『經典釋文』衎本作衍
。
衍と演は相通ず。『易・繫辭』大衍之數
、鄭玄注演也。
孔穎達疏推演天地之數
。推算演繹を表す。
衍と延は相通ず。
- 『詩・唐風・椒聊』
蕃衍盈升
を、『一切經音義・十九』に引いて「蕃延」につくる。 - 『周禮・大祝』
衍祭
注衍字當為延
。
このほか、衍と洐には區別がある。衍は水が行の中にあり、水が溢れることを表す。洐は水が行の側にあり、水流を表す。
季旭昇
釋義
水長し。引伸して廣大、衍溢と爲す。
釋形
例示の甲骨文作例(△)は、古く永と釋し、裘錫圭は衍と釋す。△と永は二つの詞たるべし。しかし比較的早期の殷墟卜辭では同じ字形を使用してをり、比較的晩期に到るまで字形上の區別が無かつた。彳と人に從ふ字形などが永を表し、彳と人と三點に從ふ字形や行と人に從ふ字形が△を表す。殷墟卜辭の月夕二語の變化の情況と些か似てゐる。
永字は彳と卜の形(あるいは人の形)に從ひ、水長しに象り、衍字と相同じ、また水長きの形に象る。
『甲骨文編』248號に收める字は舊くあるいは衍と釋するが、「衍」といふ字の別の書き方かもしれないし、別の字かもしれないし、「衍」とは通用關係のない字かもしれない。(『釋衍侃』)
『金文編』1802號「衍」字條下に收める形を「衍」と釋することにも議論の餘地がある。
屬性
- 衍
- U+884D
- JIS: 1-62-7
関聯字
衍聲の字
- 餰
- 愆