文 - 漢字私註
説文解字
錯畫也。象交文。凡文之屬皆从文。無分切。
- 九・文部
説文解字注
錯畫也。錯當作逪、逪畫者䢒逪之畫也。『〔周禮〕𦒱工記』曰「靑與赤謂之文」。逪畫之一耑也逪畫者、文之本義。彣彰者、彣之本義。義不同也。黃帝之史倉頡見鳥獸蹏迒之迹。知分理之可相別異也。初造書契、依類象形、故謂之文。
象交文。像兩紋交互也。紋者、文之俗字。無分切。十三部。
凡文之屬皆从文。
康煕字典
- 部・劃數
- 部首
『唐韻』『集韻』『韻會』『正韻』𠀤無分切、音紋。〔音1〕『說文』錯畫也。『玉篇』文章也。『釋名』文者、會集衆綵、以成錦繡。合集衆字、以成辭義、如文繡然也。『易・繫辭』物相雜、故曰文。『周禮・天官・典絲』供其絲纊組文之物。《註》畫繪之事、靑與赤謂之文。『禮・樂記』五色成文而不亂。
又『尙書序』古者伏犧氏之王天下也、始畫八卦、造書契、以代結繩之政、由是文籍生焉。《疏》文、文字也。『說文』序』依類象形、故謂之文。其後形聲相益、卽謂之字。『古今通論』倉頡造書、形立謂之文、聲具謂之字。
又『易・乾卦文言疏』文謂文飾。
又『易・坤卦』文在中也。《疏》通達文理。『史記・禮書』貴本之謂文、親用之謂理。兩者合而成文、以歸太一、是謂太隆。
又『書・堯典』欽明文思安安。《疏》發舉則有文謀。
又『禮・禮器』先王之立禮也、有本有文。忠信、禮之本也。義理、禮之文也。『史記・樂書』禮自外作、故文。《註》文猶動、禮肅人貌。貌在外、故云動。
又『禮・樂記』禮減而進、以進爲文。樂盈而反、以反爲文。《註》文、猶美也、善也。
又『左傳・僖二十三年』吾不如衰之文也。《註》有文辭也。
又『前漢・酷吏傳』司馬安之文法。《註》以文法傷害人也。『又』按其獄皆文致不可得反。《註》言其文案整密也。
又姓。『前漢・循吏傳』文翁、廬江舒人也。
又『史記・諡法』經緯天地曰文、道德博聞曰文、勤學好問曰文、慈惠愛民曰文、愍民惠禮曰文、錫民爵位曰文。
又獸名。『山海經』放臯之山有獸焉、其狀如蜂、岐尾、反舌、善呼、曰文文。
又『集韻』文運切、音問。〔音2〕『論語』小人之過也、必文。《朱傳》文、飾之也、去聲。
又眉貧切、音珉。飾也。〔音3〕『禮・玉藻』大夫以魚須文竹、劉昌宗讀。
又『韻補』叶微勻切。『崔駰・達旨』摛以皇質、雕以唐文。六合怡怡、比屋爲仁。『張衡・西京賦』都邑游俠、張趙之倫。齊志無忌、擬跡田文。
又叶無沿切。『蔡洪棊賦』畫路表界、白質朱文。典直有正、方而不圓。
音訓義
- 音
- ブン(漢) モン(呉)⦅一⦆
- ブン(漢) モン(呉)⦅二⦆
- ビン(推)⦅三⦆
- 訓
- あや⦅一⦆
- ふみ⦅一⦆
- かざる⦅二⦆
- 官話
- wén⦅一⦆⦅二⦆
- wèn⦅二⦆
- 粤語
- man4⦅一⦆
- man6⦅二⦆
- man1⦅四⦆
⦅一⦆
- 反切
- 『廣韻・上平聲・文・文』無分切
- 『集韻・平聲二・文第二十・文』無分切
- 『五音集韻・中平聲卷第三・文第三・微三文』無分切
- 聲母
- 微(輕唇音・次濁)
- 等呼
- 三
- 推定中古音
- mʏə̆n
- 官話
- wén
- 粤語
- man4
- 日本語音
- ブン(漢)
- モン(呉)
- 訓
- あや
- ふみ
- 義
- いれずみ。文身。
- あや。模樣。彩り。飾り。文綺。文樣。
- 華美。外見の美。文質。
- 現象。文象。天文。
- 文字。
- ふみ。文字で記したもの。文書。文章。
- 言葉。文法。
- 法令。
- 學問。技藝。文化。文明。
- 武に對する文。文治。文官。
- 紊に通ず。
- 錢を數へる量詞。
- 織物を數へる量詞。
- 釋
- 『廣韻』
文: 文章也。又美也、善也、兆也。亦州名、禹貢梁州之域、自戰國時宋及齊梁皆諸羌所據、後魏平蜀始置州。亦姓、漢有廬江文翁。無分切。十六。
- 『集韻』
文: 無分切。『說文』錯畫也像交文。亦姓。又州名。文三十一。
- 『康煕字典』上揭。
⦅二⦆
- 反切
- 『集韻・去上・問・問』文運切
- 『五音集韻・去聲卷第十一・問第三・微三問』亡運切
- 聲母
- 微(輕唇音・次濁)
- 等呼
- 三
- 官話
- wén
- wèn
- 粤語
- man6
- 日本語音
- ブン(漢)
- モン(呉)
- 訓
- かざる
- 義
- 飾る。修飾する。
- 上邊を取り繕ふ。扮飾する。
- 釋
- 『集韻』
文: 飾也。
- 『康煕字典』上揭。
- 補注
- 藤堂はwènを示し、今はwénと讀むとする。
- Weblio所錄白水社中国語辞典はwénを示すが
古くはwèn
と補足する。 - 古今文字集成はwénを示す。
- 漢典はwénを示す箇所、wènを示す箇所がある。
- 教育部異體字字典はwènを示す。
⦅三⦆
- 反切
- 『集韻・平二・眞・珉』眉貧切
- 『五音集韻・中平聲卷第三・眞第一・明三珉』武巾切
- 聲母
- 明(重唇音・次濁)
- 等呼
- 重紐三
- 日本語音
- ビン(推)
- 釋
- 『集韻』
文: 飾也。『禮〔玉藻〕』「大夫以魚須文竹」、劉昌宗讀。
- 『康煕字典』上揭。
⦅四⦆
- 粤語
- min1
- 義
- 錢の量詞。⦅一⦆の異音か。
解字
白川
象形。文身の形。卜文、金文の字形は、人の正面形の胸部に文身の文樣を加へた形。文樣には×や心字形を用ゐる。
『說文』に錯はれる畫なり。交文に象る。
と交畫の象とするが、字の全體は人の正面形。
『書・大誥』に「前寧人」「寧王」などの語が見えるが、文身として文に心字形を加へた形を寧と讀み誤つたもので、「前文人」「文王」と讀むべき所。
凶禮のときには×形を胸廓に加へるので、凶、兇、匈、胸は一系の字。また婦人を葬るときなどに兩乳をモチーフとして加へ、爽、爾、奭はその象。みな美しい意がある。儀禮の際には朱で加へ、爽明の意となる。彥、產の文は、厂󠄀(額)に文身を加へる意で、產は生子の額にアヤツコを記す意。額に文身を加へたものを顏といふ。支那の古代に文身の俗があつたことは卜文によつて明らかであり、のち呉、越、東方の諸族には、長くその俗が殘された。
藤堂
象形。もと土器に著けた繩文の模樣のひとこまを描いたもので、細々と飾り立てた模樣のこと。のち、模樣式に描いた文字や、生活の飾りである文化などの意となる。紋の原字。
落合
象形。人の正面形の胸部を強調し、そこに模樣を加へた形。模樣は文身(入れ墨)とされる。模樣の形は㐅や小點など多樣で、模樣が無い略體もある。
甲骨文での用義は次のとほり。
- 地名またはその長を表す。《合集》4611
文入十。
- 文武丁
- 殷末の王名。「文武帝」とも呼ばれる。《東京大學東洋文化研究所藏甲骨文字・圖版篇》783
丙辰卜貞、文武丁丁升、其牢。
西周代までは多樣な形が繼承されたが、最終的には模樣を省いた略體のみが殘つたため、結果として文身の表示ではなくなつてゐる。
字義について、殷〜西周代には原義(文身)での用例が無く、祭祀名や謚、あるいは祖先を讚へる言葉などとして使はれてゐる。そのほか文には樣々な引伸義が出現してをり、模樣や飾り、文字や文章、學問や人德などの表現としても使はれた。そのうち模樣や飾りの意味として分化したのが彣や紋。彣は意符として彡を加へた繁文で、東周代に初出。
漢語多功能字庫
「文」字は人の身の上に花紋のある形に象る。古今の學者はみな基本義を入れ墨とする。文は入れ墨を指し、古籍に頗る多く記載される。
- 『莊子.逍遙游』
越人斷髪文身。
- 『禮記.王制』
東方曰夷、被髮文身
孔穎達疏文身者、謂以丹青文飾其身。
文の甲骨文や金文の字形の所見によれば、字は胸に花紋の模樣のある直立する人に象り、その中で心形が最も普遍的で、交叉紋や一圓點のものもある。甲骨文、金文の「文」字にはまた完全に紋を省略したものもあり、戰國竹簡や小篆は均しくこの形を承ける。上博竹書の「文」字はあるいは口を飾りに加へるが、吝と同じではない。『說文』「文、錯畫也。(後略)
語は難と雖も簡約で、ただ指す所は遠く離れてゐない。
甲骨文での用義は次のとほり。
- 人名に用ゐる。《合集》4611反
文入十
は、文は十(の龜甲)を貢納したの意。 - 地名に用ゐる。《合集》27695
于文室
は、文の地に室を築くの意。 - 甲骨卜辭中に「文武丁」の語が多く見え、商代の先王の稱。《合集》36134
文武丁、其牢
は、文武丁に祭牲を進獻するの意。
金文での用義は次のとほり。
- 美善を指し、多く先人に對する敬稱に用ゐる。追𣪕
用享孝于前文人。
享は祭品を供奉して祖先を祀ることを指し、全句で祭品を以て文德ある先人に禮拜するの意。『書・文侯之命』追孝于前文人。
孔安國傳使追孝于前文德之人。
- 周の文王姬昌を指す。史墻盤
曰古文王、初𢿐(盭)龢于政
は、古く文王は安定や調和を目標に統治を始めたの意(馬承源)。 - 諸侯の謚、人名あるいは氏族名に用ゐる。
「文」の字は最初は人身に描かれた紋飾を指したが、後には汎く符號を指すのに用ゐるやうになり、引伸して「文字」の意義の「文」となつた。戰國竹簡では用ゐて文章となす。《上博竹書一・孔子詩論》簡1文亡(無)隱意
は、文章に隱れた意は無い、の意。
文は、甚だしきに至つては「文字」から、存在する事物の顯示し出來する現象、徴候、事理などの極めて抽象的な意義を引伸する。『周易・賁・彖』觀乎天文、以察時變。觀乎人文、以化成天下。
の一語は、「天文」と「人文」を相對して論じる。(天(天候)の樣子を觀ることで、情況の變化を察し、人の樣子を觀ることで、天下を敎化する、くらゐの意。)
『尚書』では「文王」を往々にして誤つて「寧王」に作る。王懿榮、吳大澂らに至つてやうやく、古文字の「文」を以て古書の寧字を校正した。
季旭昇
人身の交紋。引伸して一切の錯畫交文。
甲骨文は大に從ひ、人身に交紋ある形に象る(朱芳圃『釋叢』pp.67-68)。その交紋の形の變化は樣々で、あるいは全て省く。
作例に寍と形が近いものがあり、故に『尚書』は「文王」をあるいは誤つて「寍王」に作り、更に變じて「寧王」に作る(參見: 『金文詁林』の引く方濬益、吳大澂の説)。
《上博竹書一・孔子詩論》は「文」字にあるいは口形を加へて飾りとするが、吝とは異なる。
徐超
甲骨文は胸に花紋を刻む人に象る。金文の人の胸には明らかに心形など多樣な花紋がある。例示する金文の最後のものは王と文に從ふが、これは周の文王の文の專用の字。一般には文は特に文身を指し、後に汎く花紋を指し、引伸して文采、紋飾、文德、文字、文章、文化などの義を生ずると解釋する。
卜辭では先人に對する尊稱として多用する。銘文では先人を敬稱して「文」あるいは「文人」とし、一般にその美德有るを頌揚するものと認める。後世には多く非武力の意義を表す。
この觀點から、胸に刻む花紋を以て「文」を表すこと、また「文」を以て敬稱や先達への贊頌とすること、この中に必ず特別の文化背景や含意があり、討議を待つべし。
楚簡の文は古體を踏襲する。秦簡牘の文は古隸の典型である。
屬性
- 文
- U+6587
- JIS: 1-42-24
- 當用漢字・常用漢字
關聯字
文に從ふ字を漢字私註部別一覽・文部に蒐める。