莫 - 漢字私註
説文解字
日且冥也。从日在茻中。莫故切。
- 一・茻部
説文解字注
日且冥也。且冥者、將冥也。《木部》曰、杳者、冥也。《夕部》曰、夕、莫也。引伸之義爲有無之無。从日在茻中。㑹意。茻亦聲。此於雙聲求之。莫故切。又慕各切。五部。
康煕字典
- 部・劃數
- 艸部・七劃
- 古文
- 𦮅
- 䒬
- 𦱴
『唐韻』慕各切『集韻』『正韻』末各切、𠀤音寞。『韻會』無也、勿也、不可也。『易・繫辭』莫之與、則傷之者至矣。
又定也。『詩・大雅』監觀四方、求民之莫。
又謀也。『詩・小雅』秩秩大猷、聖人莫之。
又『博雅』强也。『論語』文莫吾猶人也。『晉書・欒肇・論語駁曰』燕齊謂勉强爲文莫。『揚子・方言』侔莫、强也、凡勞而相勉謂之侔莫。『淮南子・謬稱訓』猶未之莫與。《註》莫、勉之也。
又削也。『管子・制分篇』屠牛垣、朝解九牛而刀可莫鐵。
又『博雅』莫莫、茂也。『詩・周南』維葉莫莫。《註》莫莫、茂密之貌。
又『莊子・逍遙遊』廣莫之野。《註》莫、大也。
又姓。『通志・氏族略』卽幕氏省文。漢有富人莫氏、見『游俠傳』。唐有比部員外郎莫藏用。
又『史記・夏本紀註』五湖之一有莫湖。
又與瘼通。『詩・小雅』莫此下民。
又與幕通。『史記・李廣傳』莫府省約文書籍事。
又『說文』莫故切。同暮。『易・夬卦』莫夜有戎。
又菜也。『詩・魏風』彼汾沮洳、言采其莫。《註》音暮。『陸璣疏』莫、莖大如箸、赤節、節一葉、似柳葉、厚而長、有毛刺、今人繅以取繭緒。其味酢而滑、始生可以爲羹、又可生食。五方通謂之酸迷、冀州人謂之乾絳、河、汾之閒謂之莫。
又通膜。『禮・內則』去其皽。《註》皽謂皮肉之上魄莫也。
又『韻會』莫白切、音陌。靜也。『詩・小雅』君婦莫莫。《註》言淸靜而敬至也。『左傳・昭二十八年』德正應和曰莫。
又『唐韻古音』平聲、音謨。【漢書・註】引【詩】聖人莫之作謨。
『直音』作𦱤。
- 部・劃數
- 艸部・五劃
『字彙補』古文莫字、見『古孝經』。註詳七畫。
- 部・劃數
- 艸部・六劃
『集韻』莫古作𦮅。註見七畫。
- 部・劃數
- 艸部・八劃
『字彙補』古文𦱤字。註詳七畫。
- 部・劃數
- 艸部・八劃
『玉篇』與莫同。詳莫字註。
- 部・劃數
- 艸部・十劃
『說文』𦱤本字。
音訓
⦅一⦆
- 反切
- 『廣韻・入聲・鐸・莫』慕各切
- 官話
- mò
- 粤語
- mok6
- 日本語音
- バク(漢)
- マク(呉)
- 訓
- ない
- なかれ
- さだまる
- はかる
⦅二⦆
- 反切
- 『説文解字』莫故切 (去聲遇韻)
- 官話
- mù
- 粤語
- mou6
- 日本語音
- ボ(漢)
- 訓
- くれ
- くれる
- おそい。
解字
白川
茻と日の會意。草間に日が沈むときの意で、暮の初文。莫が否定詞などに使はれ、更に日を加へて暮となつた。
『説文解字』に日且に冥れんとするなり
とあり、莫、冥は雙聲。
金文の《晉公𥂴》來王せざる莫し
のやうに、否定詞に用ゐる。
否定詞の用法は、靡、末、無、亡、罔、蔑などと音近く、通用の義。
金文には旦暮の意の例がなく、亞字中に莫をしるして、墓の意を示したかとみられる例がある。
藤堂
會意。草原の草叢に日が隱れるさまを示す。暮の原字。隱れて見えない、無いの意。
落合
草(屮)や木の間に日が沈む日暮れの樣子を表した字。暮の初文。
甲骨文での用義は次のとほり。
- くれ。日暮れの時間帶。《屯南》2383
暮往、夕入、不遘雨。
- 祭祀名。《合集》23206
丙申卜尹貞、翌丁巳、父丁暮、歲𫳅。
- 地名またはその長。領主は暮伯とも呼ばれる。《合集》33545
乙酉卜貞、王其田暮、亡災。
後に否定の助辭や他字の聲符として多用されたため、古文で意符として月を加へた形が作られた。月を意符とする形は篆文には採用されてゐないが、隸書には繼承されてをり、更に楷書で意符が日に置き換へられた。
茻亦聲とする説もあるが、甲骨文や金文の段階では茻が單獨では使はれてをらず、字源は亦聲ではない。
漢字多功能字庫
甲骨文は日と茻(あるいは艸、林)に從ひ、日が草叢や樹林の中に落ちるさまに象る。あるいは隹を加へる。金文は大多數が日と茻に從ふ。秦漢文字は下部が段々と變形して大の字の形となり、後世の字形の元となつた。莫は暮の初文で、本義は日暮れ。
甲骨文での用義は次のとほり。
- 本義に用ゐる。《合集》29807
其莫不冓雨。
夕時に雨は降らざるの意。 - 地名に用ゐる。《合集》33545
王田莫、無災。
田は田獵。王が莫の地で田獵をする、災禍は無いの意。
金文での用義は次のとほり。
- 本義に用ゐる。越王者旨於賜鐘
夙莫不貣(忒)。
夙は早。忒は差錯(誤り、思はぬ災難、意外な出來事)。早晩いづれも誤り無しの意。 - 代詞に用ゐる。中山王方壺
不羕(祥)莫大焉。
このことよりも更に不祥なことは何もなかつた、の意。 - 人名に用ゐる。莫尊
莫作旅彝。
莫が旅行用の酒を入れる器を鑄造したるの意。 - 通じて墓となす。散氏盤
以西至于𨾊莫(墓)。
西に往き𨾊墓に至るの意。 - 官名に用ゐる。郾客問量
羅莫囂(敖)臧帀(師)。
「羅」は文獻にある羅國、「莫敖」は楚の地方官職名。「臧師」は人名。
竹簡帛書での用義は次のとほり。
- 本義に用ゐる。
- 《上博竹書三・周易》簡38
啻(惕)[虎口](號)、莫譽(夜)又(有)戎、勿卹(恤)。
今本『周易』に惕號、莫夜有戎、勿恤。
に作る。「惕號」は驚き恐れて叫ぶ意。恤は『説文解字』に憂也
とする。驚き恐れて叫ぶ聲が聞こえても、夜には戰ひが有るので、憂ふこと勿かれ、の意。 - 《睡虎地秦簡・秦律十八種》簡184
行傳書、受書、必書其起及到日月夙莫、以輒相報(也)。
文書を送つたり受けたりしたら、直ちに返信できるやうに、文書の發着の日附や朝夕を必ず登記せねばならない、の意。 - 《馬王堆漢墓帛書・五十二病方》第237-238行
到莫有(又)先食飲、如前數。
夕暮時になつたら再び飲食せよ、數は前に述べたとほりである、の意。
- 《上博竹書三・周易》簡38
- 楚簡では官職名に用ゐる。《包山楚簡・文書》簡158
于莫囂(敖)之軍。
傳世文獻での用例は次のとほり。
- 本義を表す例。
- 『禮記・間傳』
故父母之喪、既殯食粥、朝一溢米、莫一溢米。
「溢」は「鎰」、古代の重量單位で、二十兩に相當する。莫は太陽が間もなく沈む時を指す。全句で、故に父母の喪では、棺を埋葬した後、朝に米二十兩、暮れに米二十兩の粥を食べることができる、の意。 - 南宋・晏幾道〈蝶戀花〉
朝落莫開空自許、竟無人解知心苦。
作者は蓮の花が暮れに開き朝に落ちる、世と同じでない習性を借りて、世と合流しない自己の比喩とした。
- 『禮記・間傳』
- 引伸して晩、時間は將に盡きるの意を表す。『詩經・小雅・采薇』
曰歸曰歸、歲亦莫止。
(汝は)ずつと家に歸ると言ふが、一年が終はらうとしてゐる、(しかし未だ汝は家に歸つて來ない)の意。 - また引伸して昏暗を指す。『荀子・成相』
門戶塞、大迷惑、悖亂昏莫無終極。
楊倞注莫、冥寞、言闇也。
「昏莫」は「昏暗」のこと。進言し諫める經路が塞がれ、人々は混亂し、惑亂昏暗愚昧に果てがない、の意。
後に莫を借りて虛詞の莫となし、否定を表し、不に相當する。
- 『國語・魯語下』
女知莫如婦、男知莫如夫。
韋昭注言處女之知不如婦、童男之知不如丈夫。
- 禁止を表し、「不要」「不能」に相當する。
- 東漢・陳琳〈飲馬長城窟行〉
作書與內舍、便嫁莫留住。
妻に便りを書き、早く再婚するやう勸め、待つことを禁じた、の意。 - 唐李白〈蜀道難〉
一夫當關、萬夫莫開。
- 東漢・陳琳〈飲馬長城窟行〉
- 借用して代詞となし、莫不歡喜(歡喜するもの莫し)のやうに、誰も、何も、を表す。
- 『戰國策・楚策』
群臣莫對。
群臣に回答するもの莫しの意。 - 『周易・益』
莫益之、或擊之。
誰も利益を與へず、却つて攻擊を與へる人がゐる、の意。
- 『戰國策・楚策』
- 『孟子・梁惠王上』
保民而王、莫之能御也。
百姓を愛護し天下に霸を稱へる君主を、誰も抵抗し防ぐことなどできない、の意。
莫を長い間虛詞に借用したため、莫の下に日を更に加へて暮を成した。
莫は現在も一般的な姓氏で、廣西、四川、廣東など多くの省に分布する。戰國時代に《漢印文字徵》莫如
のやうに既に莫姓があつた。
屬性
- 莫
- U+83AB
- JIS: 1-39-92
- 人名用漢字
- 䒬
- U+44AC
- 𦮅
- U+26B85
- 𦱴
- U+26C74
- 𦱤
- U+26C64
- 𦶛
- U+26D9B
關聯字
莫に從ふ字を漢字私註部別一覽・日部・莫枝に蒐める。